今回歩いた人
左:矢島慎一(カメラマン)、右:高橋庄太郎(山岳/アウトドアライター)
日本200名山に数えられる武甲山は、秩父の象徴ともいえる山だ。矢島慎一さんは、その秩父出身のカメラマン。僕といっしょに山に入る機会が多く、山取材を成功させるためには本当に頼りになる存在である。
今回のルートは、矢島さんのセレクト。矢島さんが子どものころから、自宅、学校、公園と、さまざまな場所から毎日見上げていた山のよさを、改めて知ろうという日帰り旅である。
まずは遠景を見てほしい。これが武甲山の北斜面だ。よく見ると、山腹が雛壇のように削られ、かなり痛々しい状態になっているのがわかる。
これは、石灰岩の採掘によるもの。じつはすでに山頂付近まで掘り進められ、いまや昔よりも標高が低くなっているほどなのだ。この石灰岩からはコンクリートなどが作られ、日本の高度成長期の建築を支えてきたという。現代の視点では環境破壊といいたくなる人もいるだろうが、この石灰岩の採掘なくして、日本の発展はなかったのだと考えると、うかつなことは言えなくなる。
ともあれ、今回の出発地は採掘現場の裏側、山頂の南西に当たる「一の鳥居」。駐車場は広いが、土日となると停めきれなくなることもあるので、早めに到着すべきだろう。
この鳥居の前に鎮座している狛犬は、山犬がモチーフ。山犬とは、つまりオオカミだ。秩父界隈には昔からオオカミ信仰があり、この山の神社も例外ではないのである。
矢島さんもひさしぶりの武甲山とあって、改めて看板を見てルートを確認。それからのんびりと出発する。
僕たちははじめ、ゆるゆると林道を歩いていった。途中にはイワナの養殖池などもあり、静かな時間が流れている。僕たちがいる場所の反対側では、この瞬間も石灰岩の採掘が行なわれているとは思えないほどだ。
林道から登山道に入り、少しすると不動滝。ルート上の唯一の水場である。
おもしろいのは、焼酎用の4Lサイズの巨大なペットボトルがいくつも置かれていること。山頂付近には水がないので、これに水を汲んで登っていき、山頂直下のトイレのタンクに流し入れてほしいということなのだ。そしてその水は、トイレを流すことに使われる。そこで僕たちも頑張って協力。その代わり、荷物が一気に重くなった。
このルートの登り道の周囲は、おおむね針葉樹。だが、意外と変化に富んでいる。
真新しい木製の橋があれば、とても古い石碑があったりと、要所にポイントがある。そういえば、登山口にはきれいなカフェもできていた。若い人も含む多くの登山者が訪れる山でいて、しかも昔からの信仰されている山でもあり、こんな新旧の対比がおもしろい。
とはいえ、やはりいちばん印象に残るのは、杉の美林である。
とくに「大杉」は、たしかに太く、高く、大昔からこの山を守っているように見える。北斜面は人の手が入りすぎているが、この南斜面はこのまま大杉とともに残ってほしいと思う。
山頂直下の御嶽神社に到着。山頂はもう目の前だが、ここはやはりお参りしておかねばならない。
帽子を脱いで、二礼二拍一礼。自分が日本人であることを実感する。
さて、山頂だ。
柵の下は石灰岩の採掘によって大きく削られ、人工的な断崖絶壁になっている。いくぶん興醒めの感がないわけではないが、その先に見える秩父の街並みはなかなかのもの。このどこかに矢島さんの実家もあるはずなのである。
山頂で一応、記念写真。
この写真で我々がどんな態勢になっているか、わかるだろうか。
ゆっくりと休んだ後、縦走を開始。周囲の木々には広葉樹も混じり、先ほどよりも明るい雰囲気だ。
シラジクボの分岐からも下山はでき、かなりのショートカットになる。だが僕たちはここからさらに大持山、小持山へと歩いて行った。
振り返ると、武甲山。北斜面とは異なり、山頂まで緑に覆われた、山らしい山である。
やはり、こういう雰囲気のほうがいいな……。採掘が始める前の武甲山の姿を見てみたくなる。
登り道にはほとんどなかった大きな岩が、縦走路ではときどき見られた。なかには少々切り立った場所もあり、いくぶん緊張を強いられる。
ときどき立ち止まり、矢島くんはなにやら写真を撮っている。今日は写真を撮る仕事として山を歩いているわけではないのだが、根っからの写真好きとあって、カメラを構えずにはいられないのだろう。さて、どんな写真になっていることか。
さらに歩くと、南側にある奥多摩の山々が見える展望台。名前が付いているわけではなく、標識があるわけでもないが、今回のルートの中でもっとも眺望がよい場所である。
だけど、ここ、じつはものすごく怖い場所だったりして。しかも僕が今回はいていたシューズのソールと相性が悪く、滑りそうになってしまうのだ。というわけで、僕は腰を下ろして座り込んでいるのであった……。
大持山、小持山を過ぎ、妻坂峠から下山し始める。
新緑のなかを風が吹き通り、なんともいえないさわやかさだ。歩いているだけで解放感に酔いしれる。
最後は再び杉林のなかを通り、一の鳥居へ戻っていった。
あのオオカミの狛犬の前を通り、鳥居を抜けると、今回の日帰り山行は終了。北側の採掘場からイメージされる雰囲気とは全く違う、静かで美しい森の中を歩く時間を楽しめた。矢島さんが眺めながら育った武甲山、想像以上にいい山だったな。
今回の2人の道具ピックアップ


矢島さんがサコッシュ代わりに使っているのは、マジックマウンテンの「ロングギアーポケット」。バックパックに取り付けて使えるものだが、生地が分厚くて丈夫で、ストラップも長いので、肩にもかけられる。一般的なサコッシュには重いものを入れられないが、これならば大きなレンズを収納することができ、撮影の際に重宝する。シューズはスポルティバの「シンセシスGORE-TEXサラウンド」。シューズ内部の蒸れが少なく、アッパーやソールは登山靴とトレイルランニングシューズのちょうど中間的な存在で、今回の武甲山のような場所にはピッタリだという。


僕・高橋が着ていたTシャツは、以前の蔵王での雪山取材でお世話になった「峩々温泉」のオリジナル。よく見ると「峩」の文字がデザイン化されており、なんともカッコいい! こう見えて速乾性であり、暖かい季節に適しているのである。シューズはホカオネオネの「スピードインスティンクト」。ランニングシューズのメーカーであるが、これはとくにトレイルランニングに向くモデルで、しなやかに足になじむ。石質によっては少し滑る場合もあるが、一般的な登山道を歩いている分にはまったく問題なし。軽量で足さばきはスムーズだ。
■ルート&アクセス■
「奥武蔵・武甲山(一の鳥居~武甲山~~大持山~妻坂峠~一の鳥居)
バスなどの公共交通機関で登山口の「一の鳥居」まで行くことはできず、マイカーか、西武秩父線の横瀬駅などからタクシーを利用するのが現実的だ。もちろん駅から一の鳥居まで歩くこともできるが、その場合は、山頂から見て北東の方角にある登山道を使ったほうが便利である。一の鳥居には大きめの駐車場があるが、混み合う時期は駐車しにくくなるので、注意したほうがよい。
○コースタイム
6時間30分

写真◎茂田羽生